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SPECIAL CONTENTS 01研究者探訪 vol.202

大泉 匡史
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東京大学大学院総合文化研究科准教授 MASAFUMI
OIZUMI
大泉 匡史

2010年 東京大学大学院新領域創成科学研究科博士課程 修了
2019年より現職
研究内容
脳の情報処理の数理的な理解、
意識の数理的な理論の構築と実験的検証
[質問1]

なぜ研究者になったのか

 明白なきっかけはなく、特定の人や本に影響されたということもなかったと思います。高校生のときに、数学の問題を永遠と考えていることが好きだったので、考えることを仕事にする研究者になれれば生涯ずっと楽しめて良いのではないかと思いました。また、宇宙の始まりは何なのかなど、現代の科学の力をもってしてもどうやっても解決しそうにないような謎が世の中にあることが気持ち悪く感じられ、そういった謎を死ぬまで考えられる職業につけたら良いなと考えました。自分が生きている間にそういった究極の謎が解決することはないにしても、その謎に少なくともチャレンジをしたということで、自分自身納得がいく人生をおくれたと思えるのではないかと考えたような気がします。

 とはいえ、自分の周りに研究者という職業の人が全くおらず、いったい研究者がどういったものなのか全くわからない、極めて解像度が低い状態でただ漠然となりたいと思っていました。研究者という職業がどういうものか実態が分かったのは大学院に入ってからですが、それでもなお研究者になりたいという思いは変わらなかったので、今に至るという感じです。時折、研究者の他になりたいと思える職業はないかと考えたこともあったのですが、他になりたい職業が思いつかなかったので、研究者になることをひたすら目指しました。
[質問2]

研究生活

 研究者になりたいと決めたところまでは特に誰からの影響もなかったように思いますが、肝心の一体何を研究するのかというところに関しては、特に深く関係する複数名の方々から多大な影響を受けました。
 学部生のときは、理学部物理学科にいて宇宙論の研究をしたいと無邪気に考えていたのですが、院試に失敗したことをきっかけに考えを見直し、その当時、ちょうど東大に研究室を持つことになった岡田真人先生の研究室に入りました。物理学科にいたときは全く「脳」という対象に興味を持つことがなかったのですが、岡田先生が取り組んでおられた、統計力学的な方法論を用いて神経細胞集団が形成する複雑なネットワークを解析できるというところに面白さを感じたのが、今私が取り組んでいる「理論神経科学」という分野に飛び込んだきっかけです。
 そこから、現在主要なテーマとして取り組んでいる「意識」という問題に取り組み始めたのは、学位を取ってポスドクとなってからのことです。このきっかけは、Giulio Tononiが作った「統合情報理論」という理論に興味を持ったからです。統合情報理論は意識を「情報」という観点から数理的に定量化しようとするチャレンジングな理論です。この理論が本当に正しいのかどうかという問題はさておき、意識という難問へのアプローチ方法に対して魅力を感じました。その当時、今でも共同研究を行っている土谷尚嗣さんと出会ったことも非常に影響が大きく、土谷さんがTononi教授に私を紹介してくれたこともあり、Tononi研究室に2年間の研究留学をすることになりました。そこで、Tononi教授と共に統合情報理論のversion 3.0 (IIT 3.0)という論文を書きました。Tononi研究室での2年間は、Tononi教授と共に意識の理論という研究に没頭する2年間で、その時間の中で色々なアイディアを得ました。今取り組んでいる研究は、この当時に考えていたことに端を発したものが多いような気がします。
 意識の数理的な理論を作るという普通ではなかなかできない経験をしたTononi研での2年間を経た後、今、私自身が特に力を入れて行っているのは、そのような数理的な理論をどうやって実験的に検証すれば良いのかというフレームワークを作ることです。意識と一口にいっても、意識レベルの問題(e.g., 睡眠や麻酔中で意識が失われるのはなぜか?)、意識の質の問題(e.g., わたしが感じている「赤」はあなたが感じている「赤」と同じか?)と大きく分けると2つの問題があります。これらの問題に対して、数理的な理論を構築するだけではなく、それを実験的に検証して、理論から非自明な予測を導けるようになることが目標になります。まだまだ道半ばで、ある程度満足がいく結果が出るのはどれくらい先になるのか分かりませんが、一歩一歩着実に進んでいる感覚はあり、一つ一つの研究を楽しんでやっています。
大泉 匡史先生
[質問3]

UBIの研究への関わり

 UBIの中では、非平衡物理の専門家である伊藤創祐さんと共同研究をしています。伊藤さんの研究に興味を持ったきっかけは、先に述べた統合情報理論の研究を行う上で、「情報」というものを物理的な観点からより深く理解し、定量化することができないかと考えたからです。それを可能にする枠組みが、沙川貴大さんらが作り上げた情報熱力学・ゆらぎの熱力学ではないかと考え、当時、伊藤さんと沙川さんが共著で書かれた論文を読み、伊藤さんに連絡を取りました。初めて伊藤さんにお会いしたのは、伊藤さんや私が東大に着任するより前のことで、それ以来、共同研究を続けています。

 ゆらぎの熱力学は、非常に汎用性の高い理論体系だと思いますので、今後、神経科学の分野でも多いに活用されていくのではないかと思っています。伊藤さんとは、つい最近、確率的なダイナミクスの不可逆性を示す尺度であるエントロピー生成と神経細胞集団のダイナミクスにおける振動とを結びつけるという研究を行って、共著論文を発表しました。このエントロピー生成という尺度は、脳の状態が変わった時(覚醒から睡眠など)における神経細胞集団のダイナミクスの変化を特徴づける尺度になるのではないかと考え、さらなる研究を行っています。
大泉 匡史先生
[質問4]

学生(学部生)に向けてメッセージ

 研究に興味があるという学部生の方は、ぜひ興味のある研究室の主宰者(PI)に連絡を取って、研究の世界に飛び込んでみてはどうかと思います。UBIで行っている全学自由ゼミナール 「生命の普遍原理に迫る研究体験ゼミ」はまさにそのような機会になりますので、積極的に活用下さい。もちろん、研究と一口に言っても分野によっても、テーマによって要求される前提知識の量や必要なスキルが著しく違いますが、分野やテーマの選び方によっては、学部生の人でも取り組める研究はあります。私の研究室で行っている研究に関して言えば、学部生の人でもできることはありますので、ぜひやる気のある学生の方は連絡してきてほしいと思っています。実際、これまでもこの全学自由ゼミナールという枠組みの中だけでなく、この枠組みの外で連絡してきてくださった学部生の方々と共同研究を行った実績は何個もあって、成果が論文になったものもあります。
 大学院に入って研究をしてみてはじめて分かったことなのですが、研究をしながら何かを学ぶということが最も効率が良い学びになります。教科書を読んでなんとなく分かった気になっていた基礎的なことでも、自分で実際に使うとなってはじめて理解できたということがほとんどでした。なので、逆にいうと、研究をしてみないと物事は分からないとも言えますので、どんな小さなことでも良いですから研究をやってみることを強くおすすめします。

 私自身が学部生のときは、研究室に話を聞きに行くこともしない、他の同級生ともあまり話さないという、とんでもなく視野が狭い学生でしたが、今振り返っても大損以外の何物でもなかったなあと思います。大学にいることのメリットはまさに私がほとんどしなかった、「他の人と話す」ということだと思います。講義を受けるということは、今の時代、他の手段でも代用できそうな気がしますが、「他の人と話す」「研究室に行く」などの手段に関しては代用できなさそうです。ぜひ大学にいることのメリットを最大限に活用するためにも研究室に行ってみてください。私の研究室も随時、訪問は歓迎していますし、熱意のある学生であれば一緒に共同研究もしたいと思います。